最高裁判所第一小法廷 昭和54年(ク)149号 決定 1980年7月10日
抗告人
西尾太郎
右代理人
中島誠二
相手方
浦上孝夫
主文
本件抗告を棄却する。
抗告費用は抗告人の負担とする。
理由
抗告代理人中島誠二の抗告理由第一点について
推定相続人の廃除は、法律上相続人となるべき者につき、被相続人の意思に基づいてその地位を喪失させる制度であるが、民法八九二条は、遺留分を有する推定相続人につき右制度を採用するとともに、廃除の要件及び方法として、右推定相続人に一定の事由が存するときは、被相続人においてその相続人の廃除を家庭裁判所に請求することができる旨を定めている。右規定は、推定相続人の廃除につき、一定の要件のもとに被相続人に対し実体法上の廃除権ないし廃除請求権を付与し、その行使によつて廃除の効果を生ぜしめるという方法によらず、被相続人の請求に基づき、家庭裁判所をして、親族共同体内における相続関係上の適正な秩序の維持をはかるという後見的立場から、具体的に右の廃除を相当とすべき事由が存するかどうかを審査、判断せしめ、これによつて廃除の実現を可能とする方法によることとしたものと解される。それ故、右推定相続人の廃除請求の手続は、訴訟事件ではなく非訟事件たる性質を有するものというべく、家事審判法九条は、右の趣旨を承けて、これを同条所定の審判事件として家事審判法により審判すべきものとしているのである。所論は、前記民法八九二条の規定は被相続人に対し相続人廃除権ないし廃除請求権なる実体法上の権利を付与したものと解すべき旨を主張し、これを理由として右家事審判法九条が廃除請求手続を審判事件として扱うべきものとしたことの違憲をいうものであるが、右論旨は、民法の前記規定に関する独自の解釈を前提とするものであつて、すでにこの点において理由がなく、採用することができない。
同第二点について
所論は、違憲をいうが、その実質は原決定の単なる法令違背を主張するものにすぎず、採用することができない。
よつて、民訴法八九条を適用して、主文のとおり決定する。
(中村治朗 団藤重光 藤崎萬里 本山亨 谷口正孝)
抗告代理人中島誠二の抗告理由
第一点
一、浦上義憲(亡)同吉野と相手方との間には、婿養子離縁請求の訴(大阪地方裁判所昭和四七年(タ)第一三号事件、審理中第一次請求として婿養子縁組無効確認の訴を追加)が係属していたが、昭和四八年四月二八日義憲が死亡したので、右訴訟のうち義憲と相手方間の部分は当然に終了した。ところで、義憲および吉野は、これよりさき昭和四七年六月二三日共同申立人として大阪家庭裁判所に、相手方が申立人両名(義憲、吉野)の推定相続人たることを廃除する旨の審判を求めていたが、右離縁請求のうち吉野の請求は認容、控訴審でも勝訴し吉野と相手方との間の離縁が確定したので、吉野は同五一年二月一六日右廃除の申立てを取下げ、右義憲の死亡により弁護士西尾太郎が相続財産管理人に選任され本件相続人廃除審判手続を承継していたものであるところ、義憲の相続人らの間に遺産分割審判事件(大阪家庭裁判所昭和四九年(家)第一〇四三号事件)が係属している関係もあつて、本件相続人廃除審判事件はきわめて重要な意味を持つにいたつた。
二、本件審判事件については、第一審の大阪家庭裁判所で、昭和五三年五月一二日付をもつて申立を却下する旨の審判がなされ、これに対し特別抗告人から大阪高等裁判所に即時抗告の申立をなし(同庁昭和五三年(ラ)第二七〇号事件)、第一一民事部に係属した。ところが、その後、一〇箇月余を経過したが、この間何故か審理は進行せず停滞していたので、特別抗告人は再三再四、書面または口頭で同部に対し、特別抗告人が家庭裁判所から選任された相続人廃除審判確定前の相続財産管理人であるところ、実質上の当事者は被相続人亡義憲の妻吉野であり、しかも同女は被相続人死亡後の現在、廃除原因事実・被相続人の意思を知悉するいわば唯一の証人でもあり、また同女も強く希望しているので、裁判の公正に寄せる国民の信頼を確保するため、とくに同女の審問を求めてきた。しかるに、これが実現しないまま、昭和五四年三月に入つて、突如同高等裁判所から、本件審判事件が、第一一民事部から第九民事部(乙)に割替えされた旨の電話連絡を受けたので、直ちに特別抗告人は第九民事部(乙)に、第一一民事部に対する上記申出の趣旨を伝え、じ後の審理につき上申すべく、裁判官との面談を懇請したが、記録検討中とのことで、これまた実現しないうち、いきなり昭和五四年三月二九日付をもつて、抗告棄却の決定がなされ翌月三日その送達を受けたものであるが、これよりさき同月二日、特別抗告人は三月三〇日付抗告理由補充書(2)を提出し吉野を審問しないで抗告審決定がなされることに違憲の疑いあることなどを指摘していたものである。
三、ところで、右のように重要な内容をふくんでいる相続人廃除審判事件については、すでに識者により、法令改正の経過および民法第八九二条の規定内容にかんがみ、この事件においては被相続人と推定相続人の両当事者が相対立し、推定相続人廃除という法律関係の変動に向けられた実体私法上の形成権(推定相続人廃除請求権)を訴訟物とするものであるため、その本質は旧法当時と同じく訴訟事件であり、したがつて申立却下の審判が確定すれば申立人の右形成権の不存在が確定して既判力を生じ、反対に申立が認容されると推定家督相続人廃除の効果が形成されると解すべきである、と論ぜられ、かかる見解は妥当であると考えられ、してみると、同審判事件を公開の原則、弁論権の保障に十全な法的保障を欠く非訟事件手続法に依らせることとし、訴訟的解決の途を拒否するところの、家事審判法第九条第一項乙類第九号の規定は、その限度において、憲法第三二条、条八二条に違背し、無効と解すべきである。特別抗告人は本件審判事件の審理経過からして、あらためてその旨痛感し、ここにこの点について最高裁判所の御判断を仰ぐものである。
四、つぎに、非訟事件においても、手続の主体たる当事者の地位を否定し得ないことはいうまでもなく、もし非訟事件における当事者に対する審問を職権探知方法ないしは証拠方法の一つとみるだけならば、それは手続における主体たる地位を認めないに等しい結果になり、そしてもし当事者をかかる地位に放置して、しかも不意打的に不利な裁判をするならば、それは憲法第三二条の予定する正当な手続をへた裁判というに値しないことになり、個人の裁判手続における地位、人間の尊厳を侵害する、とは識者の論ずるところであり、かかる見解は至当であり、第一審、第二審を通じ尊重せらるべきである。さらに、高等裁判所本庁内の一つの部から他の部へ受理事件を回付することは、裁判所の事務の都合上決定書を作成することなく行われ、しかも当事者からの異議もなく円滑にすむことが多いのが実情であるにしても、訴訟法上の受訴裁判所を変更するという重要な出来事であるからして、裁判所としてもその手続自体はもとより、じ後においても慎重に当事者のために配慮すべきであると解せられるのである。それらの理を前おきとしながら、本件審理事件の審理経過、ことに当初の部から第九民事部(乙)への回付については理由を示すこともない一片の電話通知によつていること、その後、第九民事部(乙)においては当事者の審問につき一顧だにすることなく、いきなり決定書を作成し、送達してきたことを検討してみると、相手方が被相続人義憲の相続人として相当であるか否かを決するには、本件審判事件にたよる以外に方法のない特別抗告人側としては、到底納得できないことは、何人も容易に理解し得るところであろう。そこで、特別抗告人はこの点からしても本件審判事件の抗告審決定は結局において憲法第三二条に違背する無効なものであることを主張し、最高裁判所の御判断を仰ぐものである。
第二点 <省略>